「答えが出ない時間」を抱えられる力──受験で子どもが身につけたもの

  • URLをコピーしました!

大学受験の半年前。

「もう時間がない」と焦る子もいれば、「まだ半年ある」と思う子もいます。

わが家は、勉強が手につかない時期を過ごしていました。

勉強が嫌になったわけではありません。

「もっと効率のいい勉強法があるんじゃないか。」

今やっている勉強を続けることよりも、「もっといい方法」を探すことに頭が支配されてしまったのです。

「それが見つかれば、最短で成績を伸ばせる。」

という子どもの言葉。

私は何度もこう伝えました。

「その勉強法が見つかる確率はどれくらいあるんだろう?」

「もし見つからなかったら、その間は前に進めないよね。」

「今のあなたは速度0km。たとえ時速1kmでも前に進む方が、半年後にはずっと遠くまで行けるんじゃないかな。」

何日も何時間も話し合って、お互いに疲弊していきました。

そんな考えがあるから、子どもも私も集団塾は向いていないと思っていました。

出会ったのが個別塾の先生でした。

そんな中で出会ったのが、個別塾の先生でした。

先生は、私たちの不安をしっかり理解してくださり

「今はこれを信じて積み重ねていこう。」

と、一緒に答えの見えない時間を支えてくださいました。

そして先生は、私にこうおっしゃいました。

「本来、私は『絶対』という言葉は使いません。でも今回は、あえて使わせてください。」

そう言って子どもに、

「絶対大丈夫だから。」

と声をかけてくださいました。

そこから子どもは、「もっといい方法があるかもしれない」という思いがすぐに消えたわけではありません。

それでも、その不安を抱えたまま、目の前の問題と向き合う時間を少しずつ増やしていきました。

ネガティブ・ケイパビリティとは、「不安がなくなること」ではないと思います。

あの時、子どもが身につけたのは「効率のいい勉強法」ではありませんでした。

「もっといい方法があるかもしれない。」

「このやり方で本当に合格できるかわからない。」

そんな不安を抱えながらも、今日の一問と向き合う力でした。

今振り返ると、あの経験は「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉で表せるのだと思います。

答えが出ない時間を受け入れながら、それでも歩みを止めないこと。

受験勉強は、単に知識を蓄えるだけでなく、この「ネガティブ・ケイパビリティ」を育てる時間でもあったのだと、今なら強く思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次